あの日の屈辱は、一生忘れないからね

「ジャンと久美子の関係でいいよね」



付き合い始めのころ、冗談ぽくこう話していた。




若い人はピンと来ないかもしれないけど、
つまり事実婚の関係。




実際、毎日のように一緒にいたし、
生活はほとんど家族同然。



だから僕は、結婚という形にそれほどこだわりがなかった。



一緒にいられればそれで十分という考え。




だけど彼女の本心は違っていた。



何としても結婚したかったはず。




当たり前だが、愛する人と正式な家族になりたい。


そう思わない方が不自然。




経済的にも母子家庭は大変。法律婚の安心感に勝るものはない。




それでも彼女は、結婚を強く迫ることはなかった。



僕の両親が反対しているのが分かっていたので。



「どうせ結婚できないんでしょ?」くらいな感じで、


時たま言ってくる程度。




将来に不安を抱えながら、我慢していたと思う。




そして父の葬儀の日。



彼女は父に会いに来て、彼女なりの義理を通した。



そして、僕の家族の中に少しでも入りたいと思っていたはず。



でも僕は、家族に会わせないまま彼女を帰してしまった。






彼女がずっと抱いていた希望。わずかに残っていた希望。



それが音を立てて崩れた日になってしまった。




彼女は言った。



「あなたのお父さんが亡くなった時の屈辱は、一生忘れないからね」




彼女が失ったのは、その日の感情だけではない。



もっと長い時間をかけて抱いていた願い。



いつか結婚できるかもしれない。



いつか家族として認めてもらえるかもしれない。



そんな切ない希望だった。




そう思うと、胸が痛む。




僕はずっと、彼女の痛みの大きさを理解できていなかった。