若いころは、
あまり命について考えることはなかった。
でも、彼女と出会ってからは、
幾度となく命と向き合う場面が訪れた。
交際をはじめて5年、
彼女に、命にかかわる病気が見つかった。
ある日、買い物から帰り、
車から降りるときだった。
「うっ..痛っ、ッタタ..イ..ターーイ」
お腹が痛い様子。
ただごとじゃなさそうだったので、
救急車を呼んで病院へ。
なんと、ステージ4の癌が見つかった。
まさに青天の霹靂。
すぐ手術が必要な状態とのこと。
長時間にわたったが、無事、手術は成功。
その後、抗がん剤治療を経て、
一度も再発することなく10年が経過し、
一応、完治ということになった。
こんなことはほぼあり得ないようで、
主治医も首をかしげるほど。
ここまで凝縮して書くと順調に見えるが、
彼女にとっては辛い10年だった。
当然、それを支える僕にとっても。
何しろ、ステージ4の癌。
いつ再発してもおかしくない。
生活で気を付けることもいろいろあった。
彼女の好きなタバコ・酒はもちろんNG。
食事はしっかり栄養を考えなければいけない。
これは最初、僕ががんばって作ったが、
続かなかった。
また、「風邪を引かないでください」
と言われたので、
手洗いとうがいが習慣になった。
僕はいまだに続けており、
これを書いている現在までの17年間、
ほとんど風邪を引いていない。
あと、万病に効くという霊水を
遠くまで汲みに行って飲んでいた。
でも、こんなに順調に回復できたのは、
何と言っても、彼女の病気に対する
気持ちの強さが一番だったと思う。
なにせ、翌年には3人でバリ島に行っている。
ビンタンビールもバリバリ飲んできた。
そういう点では、彼女のお母さんも似ている。
彼女が癌になった6年後に病死したが、
その一年前には、4人で北海道へ行ってきた。
車いすだったが、元気に楽しんでいた。
そして、その年の暮れ。
まずは僕。仕事帰りに目がおかしくなり、
高速道路にのってすぐ、車を脇に停めた。
心臓がバクバクしてきた。
初めてのことで、このまま死ぬのかと思った。
ここで一つの選択を迫られた。
先に救急車を呼ぶか、
死ぬ前に彼女に電話するか・・・。
「彼女の声を聞いてから死にたい」
でも、少し冷静に考えた。
「いや、まだ死ねない」
「先に救急車を呼んで、そのあと彼女にしよう」
そう決めた。
結局のところ、血圧が異常に高かったのと、
少し不整脈があった程度。
後日いろいろ検査したが、特に病気ではなかった。
でもいま考えると、この頃から僕の体に
変化が出始めてきたように思う。
そして同じ月、今度は彼女が腸閉塞で入院。
退院してすぐ台湾旅行というハードスケジュール。
だいぶ先生にわがままを言って
退院させてもらったようだ。
この年はいろいろとあって、
僕らにとって、大きな転換期だったように思う。
彼女はその後も、再び腸閉塞になったりして、
何度か入院した。
そして、ここからがさらに大変だった。
僕の父が認知症となり、
自宅介護の末、亡くなってしまった。
そのわずか2年後。
彼女に突然、余命宣告が告げられた。
ここでは詳しく触れないが、治療は難しく、
薬で病気の進行をできる限り抑える程度。
しかし、ここでまた彼女が奇跡を起こした。
血液検査のある数値が、
ありえないほど回復していたのである。
先生も、普通はこんなことないと言っていた。
僕は、彼女がまた健康を取り戻せるかもと、
期待した。
でも、彼女はそこで調子に乗ってしまった。
数か月後には、また数値が逆戻り。
もう二度と奇跡が起きることはなかった。
病状はみるみるうちに悪化。
自宅ではどうにもならず入院。
いくつか病院を転院し、最後は施設に入れた。
もう死を待つしかなかった。
そして、入居して一ヶ月、
彼女の命はとうとう尽きてしまった。
こう書き綴っていくと、
彼女は僕と出会ってから、
ずっと病気と闘っていたのが分かる。
病気が見つかったとき以外でも、
よく貧血で倒れこんだり、
鼻血が止まらなかったり、
幻聴や幻覚に悩まされたりと、
常に、自分の不調と向き合っていた。
僕も気にかけたり、手助けをしてきたが、
彼女を守り切れなかったことは悔しい。
彼女と出会ってからというもの、
病院に行き来する機会や、
自分や身近な人の病気や命と対峙する機会が
とても増えた。
現在、僕と母、そして弟までが揃って
「パーキンソン病」を患ってしまった。
思い出さなければならない
彼女は僕に、何度も奇跡を見せてくれた。
「病気に打ち勝つにはこうすればいい」
という答えをくれたわけではない。
でも、彼女の短いながらも粘り強い人生を
振り返ってみると、
「病気を過度には恐れず、
共存しながらも、立ち向かっていた」
そんな姿は、確かに確認できた。
僕も負けてはいられない。
彼女の分まで生きなければ。
彼女との出会いは命と向き合うことだった
- 2026年10月12日
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