こうなる前に、
彼女を救うチャンスは何度かあったと思う。
そういう体のサインは出ていたし、
不安な言葉も聞いていた。
将来どんな病気のリスクがあったのか、
予想できたはずだった。
彼女が最初に大病したときは、
僕はもっともっと気を配れていたはず。
でも、年を追うごとに、
彼女の不調に慣れてしまっていた。
本当なら、毎回仕事を休んででも、
一緒に病院に付いていくべきだった。
そのくらい過保護でちょうどいい。
実際、病気が見つかったときは、
もう手遅れに近い状態だったのだから。
お酒や食事の管理とか、
もっとできたことは、あっただろう。
それをやり切っての結果ではないから、
自責の念を感じてしまう。
亡くなる数か月前から
頻繁に 「お腹が痛い」と言っていたが、
僕にはもう、どうすることもできなかった。
間に合わなかった
- 2026年9月22日
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